ロマノフ朝最後の皇后アリックスをカラー化

ロマノフ朝最後の皇后アリックスをカラー化

1868〜1918年までロシアに存在したロマノフ朝で最後の皇后となったアレクサンドラ・フョードロヴナ(アリックス)をカラー化しました。最後のロシア皇帝となったニコライはアリックスを心に決めており、1891年12月には日記の中で「ヘッセン家のアリックスと結婚するのが夢だ」と書いているほどでした。

しかし、第2次ロシア革命の混乱の最中、ロマノフ家は子供達も含めて処刑されるという結末を迎えます。今回はそのようなロマノフ朝最後の皇后アリックスの写真を見ていきましょう。

1881年(9歳)

アリックスは今のドイツにあるヘッセン大公国の大公女でした。しかし、6歳から12歳まで祖母であるイギリスのヴィクトリア女王に育てられたため、ドイツ人というよりイギリス人として育ちました。

ロマノフ朝で最後の皇后アレクサンドラ・フョードロヴナ

1885年(13歳)

一番右にいるのがアリックスです。左から3番目の姉イレーネ、一番上の姉ヴィクトリア、2番目の姉エリザヴェータ、アリックスと続きます。

ロマノフ朝で最後の皇后アレクサンドラ・フョードロヴナ

1887年(15歳)

ニコライと初めて出会ったのが1886年のニコライの叔父セルゲイ・アレクサンドロヴィチ大公とアリックスの姉エリーザベトの結婚式だったそうです。

ロマノフ朝で最後の皇后アレクサンドラ・フョードロヴナ

1890年(18歳)

この写真から4年後の1894年にニコライと結婚し、ニコライはロシア皇帝に即位しました。しかし、アリックスはロシア語が喋れず、また社交的な性格でもなかったので、社交界から評判はよくなかったそうです。

ロマノフ朝で最後の皇后アレクサンドラ・フョードロヴナ

1908年(36歳)

こちらは1908年6月に皇室ヨット『スタンダルト』号にて撮影された写真です。ニコライ2世と一緒に写っています。

ロマノフ朝で最後の皇后アレクサンドラ・フョードロヴナ

1914年(42歳)

ロマノフ家は、4人の娘と息子に恵まれました。しかし、皇太子アレクセイは、当時は原因不明の不治の病とされた血友病の患者でした。このことがラスプーチンの台頭に繋がり、さまざまな問題を引き起こしました。

ロマノフ朝で最後の皇后アレクサンドラ・フョードロヴナ

1916年(44歳)

第一次世界大戦時には従軍看護師を務めました。しかし、この写真が撮影された2年後に第一次世界大戦の終結を待たずにロマノフ一家は処刑されるのでした。

ロマノフ朝で最後の皇后アレクサンドラ・フョードロヴナ

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