空から見た硫黄島の戦い

空から見た硫黄島の戦い

第二次世界大戦中に行われた硫黄島の戦いは日米の間での最大の激戦地となりました。19448月までにサイパン、グアム、テニアン島を制圧したアメリカはそれらの島々から日本本土への爆撃機を飛ばしていました。しかし、サイパンと日本の中間地点にある硫黄島で飛行中の爆撃機が発見されてしまい、本土爆撃で思うように成果が上がりませんでした。アメリカとしてはどうしても硫黄島を手に入れ、日本への足がかりにしたかったのです。一方の日本軍も硫黄島の戦略的重要性は認識しており、硫黄島に小笠原兵団司令部を設置し、硫黄島を要塞化していました。

今回はそのような硫黄島の戦いをアメリカ軍の空撮で見てみたいと思います。

まずは2月17日の写真から。

2月17日の硫黄島

19422月、アメリカ軍は硫黄島上陸のために1618日の3日間、集中的な空爆および艦砲射撃を行いました。17日には日本軍の方で本格的な上陸作戦が始まったと誤認し、すり鉢山から大規模な砲撃を行いました。その結果大砲の場所がアメリカ軍にばれ、18日の時点で日本軍の主要な砲台は爆撃されました。

19日(D-Day)にはいよいよアメリカ軍の上陸作戦が始まり、日米の激戦が幕開けます。

2月19日の硫黄島

次の写真はおそらく、20〜22日ほどに撮影された写真です。

アメリカ軍のあまりの爆撃の激しさに、すり鉢山の頂上の4分の1は吹き飛んだそうです。

3月20から23日くらいの硫黄島

日本軍も何度か航空支援(神風)を行っており、2月21日にはビスマーク・シーが神風攻撃を受け沈没しました。

2月21日の硫黄島

2月27日には元山飛行場を完全に制圧されました。次の写真は3月に撮影された写真ですが、飛行場付近に何もないことが確認できます。

3月の硫黄島

こちらは3月1日に撮影された写真です。3月1日には大阪山、二段岩付近、元山飛行場正面、玉名山付近と4つの前線で戦闘が行われていました。この戦闘機は玉名山付近に向かっていると思われます。

 

3月1日の硫黄島

次の写真は3月2日に撮影された写真です。日本軍は1日ずつ戦線を後退せざるを得ませんでした。

3月2日の硫黄島

 

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ちなみに、この電子書籍に合わせて硫黄島の地図も作りました。この地図と写真を確認しながらみていくと戦闘の流れが参考になります。

硫黄島の地図

カラーで見る硫黄島の戦い AI Color Series

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