100年前のパリの日常をカラー化

100年前のパリの日常をカラー化

今回はフランスの有名な写真家ウジェーヌ・アジェの写真をカラー化しました。
アジェは100年前のフランス第三共和政下のパリを写した写真を8000枚以上残しています。生前はほとんど無名でしたが、その膨大な写真はつねに再評価の的となっており、多くのファンを惹きつけています。

アジェは1852年にフランス南西部のボルドーの近くのリブルヌに生ました。アジェは、さまざまな職業を経験しながら、多くのフランス人と同じように画家になることを夢見ていました。しかし、画家への道が閉ざされた後は、画家への資料としての写真販売を行います。アジェはアパートのドアに「美術家のための資料」という看板を掲げて、画家の資料になるように、建物の様子や人の立ち振る舞いなどを撮影していきました。当時からフランスの風景は人気であり、多くの風景写真家がエッフェル塔や凱旋門を撮影していましたが、アジェはそういったランドマークには興味を示さず、ただひたすら日常の風景を撮っていきました。そうしたコンセプトがあり、写真店は長く続けられ、アジェの客には藤田嗣治、モーリス・ユトリロ、モイズ・キスリングなどがいました。

そのようなアジェが残した100前のパリの貴重な様子を見ていきましょう。

1枚目

アジェのカラー写真
写真が好きな人でしたら見たことがあるかもしれません。1912年の日食の様子です。一斉に空を見上げている人々をここぞというタイミングで切り取っており、その構成の面白さからとても人気がある写真です。

2枚目

アジェのカラー写真

町のマネキンを撮影したものです。アジェは店の様子だけでなく、マネキンも多く残しています。

3枚目

アジェのカラー写真

こちらはドアの前で客を待つ娼婦です。どうでもいいですが、ジャン=リュック・ゴダールの『男と女の舗道』のせいで、フランスには娼婦が多くいてタバコを吸っている印象があります。さすがのゴダールでいい映画です。

4枚目

アジェのカラー写真

この3人の娼婦の写真もとても有名です。カメラを向けても恥じることなく、堂々としている様子が印象的な一枚です。

5枚目
100年前のベルサイユ宮殿

こちらは100年前のベルサイユ宮殿です。裏庭から撮っていますが、直接的な戦災を免れていますので現在と全く変わらないですね。直接的な破壊はまぬがれていますが、ナチスドイツに占領はされており、その様子は次の動画で確認できます。

『ベルサイユとパリに卍の旗が掲げられる』
https://encyclopedia.ushmm.org/content/ja/film/swastika-flag-rises-over-versailles-and-paris

6枚目、7枚目

アジェのカラー写真

こちらは乞食です。次のちょっと汚い八百屋も含めまして、これもパリの一部ですね。

100年前のパリ

もっとアジェの写真を見たい方はkindleに出していますので、こちらも見てみてください。
『100年前のパリ: ウジェーヌ・アジェのカラー写真』
http://amzn.asia/d/4qi4YMw

100年前のパリ

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