よく見る古写真から日本の原風景を再確認

よく見る古写真から日本の原風景を再確認

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今回は古写真で検索するとよく出てくるフェリーチェ・ベアトの写真をカラー化していきます。フェリーチェ・ベアトはイタリア生まれのイギリス人写真家で、1863年から1877年の間横浜に滞在していました。ベアトは、アジアを中心に活動した初めての写真家であり、慶応2年(1866)から2年かけて作成した写真集『Views of Japan』は、世界から高い評価を得ました。今回はそのようなフェリーチェ・ベアトが撮影した150年前の日本の原風景を見ていきましょう。

ちなみに、フェリーチェ・ベアトの写真は横浜写真と呼ばれており、もともと色がついていました。これは当時、外国人のお土産用に人力で色を付けた写真が流行っていました。ベアトも自身で色つけ職人を雇い、写真を色付けしていました。

まずは1枚目

神奈川県の根岸の様子

こちらは神奈川県の根岸の様子です。外国人は移動に制限がかかっていましたが、ベアドは比較的自由に移動できることを許可されていました。

2枚目

150年前の横浜の様子

こちらも横浜の様子です。川の近くに家が密集しています。

3枚目

150年前の東海道の様子

当時の東海道の様子です。道が綺麗に整えられています。

4枚目

江戸時代の小田原

小田原の様子です。町の人々が興味深くこちら側を見ています。

5枚目

150年前の箱根

こちらは小田原を追加して箱根の様子です。石畳が敷かれており、当時から賑わっていたことが伺えます。

6枚目

箱根町の南部にある畑宿

こちらは箱根町の南部にある畑宿の様子です。福島県にある大内宿で当時の宿屋を見ることができますが、宿屋の様子はやはり似ています。

7枚目

箱根の麓から見た富士山

箱根の麓から見た富士山です。今も昔も富士山はからわないですね。今も御殿場あたりから見ると同じよな富士山が確認できます。

8枚目

150年前の鶴岡八幡宮

こちらは鎌倉の鶴岡八幡宮です。こちらもそれほどは変わらず、現在も同じような姿を確認できます。

9枚目

鎌倉市長谷

こちらは鎌倉市の長谷あたりです。150年前ですので、街並みはさすがに現在と違いますね。

10枚目

鶴岡八幡宮の多宝塔

こちらは鶴岡八幡宮にあったらしい多宝塔です。多宝塔は初層が方形、二層が円形で、相輪のある方形屋根を有する塔のことをいいます。明治新政府により出された神仏判然令(神仏分離令)により、この塔は取り壊してしまったそうです。

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