アメリカ人が見た日露戦争の記録

アメリカ人が見た日露戦争の記録

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日露戦争カラー化の第2弾です。今回は世界的に評価が高い『A Photographic Record of the
Russo-Japanese War』の中から印象的なものをカラー化していきます。
日露戦争は銃器による大量殺戮が本格化し、人金物を全て注ぎ込んだ総力戦にまで発展しました。両国とも資金を確保するために世界中を巻き込んでいったので、世界からの注目度が高く多くのカメラマンがこの戦争を見守りました。『A Photographic Record of the
Russo-Japanese War』は、アメリカ人が中立の立場から日露両軍の陣地からさまざまな写真が撮り、世界から高い評価を得ました。早速見ていきましょう。

まずは有名人から。
こちらは船上の東郷平八郎。

東郷平八郎 

陸軍はもちろん大山巌。

大山巌

陸軍の集合写真。中央に座っているのが乃木希典です。

乃木希典

この写真集で一番有名な写真です。戦地へ向かう兵隊を万歳で見送っています。

兵隊を見送る写真

こちらは日露戦争時のロシア軍の様子。

日露戦争時のロシア軍

やはり体系が段違いに大きいです。

日露戦争時のロシア軍

こちらは黒木大将が率いる第一軍が戦った遼陽会戦の様子です。日本軍にとって初めての近代陸軍を相手にした本格的な会戦でした。

摩天嶺の戦いの日本陸軍

こちらも遼陽会戦時に山の上でロシア兵を待ち構える日本兵。遼陽会戦は両軍とも2万人以上の死者をだす激戦でした。ロシア側が戦略的後退を行い、日本軍としては大陸への足がかりができた戦いでした。

遼陽会戦時の山で構える日本兵

こちらは、摩天嶺の戦い中に日本軍陣地で寝そべるロシアの介護兵です。やや日本軍が苦笑していますね。

摩天嶺の戦い

こちらは日本が誇った二十八糎榴弾砲(にじゅうはちせんちりゅうだんほう)。元々は日本内地で対艦隊用に海沿いに設置されていました。しかし、バルチック艦隊が迫る中、早急に旅順を攻略しなければないない第三軍に攻城砲とし合計18門送られました。日露戦争で大きな成果を挙げた二十八糎榴弾砲は長いこと運用され、その後、日中戦争にまで投入されていました。

二十八糎榴弾砲

『坂の上の雲』に登場した秋山好古が戦地で極度にお風呂に入らなかったという話は有名ですが、戦地ではこのようにお風呂に入りました。光の具合からなぜか合成のように見えますが、合成ではないです。

日露戦争時のお風呂の様子

もっと日露戦争の様子を見てみたい方はこちらを確認してください。200Pを超える第ボリュームです。

A color Record of the Russo-Japanese War

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